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名古屋地方裁判所 昭和47年(ヨ)556号 決定 1972年9月27日

申請人

山田吉明

外四名

右申請人ら代理人

秋山泰雄

外一名

被申請人

右代表者

郡祐一

右指定代理人

伊藤好之

外七名

主文

本件仮処分申請をいずれも却下する。

申請費用は申請人らの負担とする。

理由

一、申請人らの本件申請の趣旨および申請の理由は別紙記載のとおりである。

二、よつて按ずるに、疎明資料によれば、申請人らは、いずれも、その主張の日時に郵政職員に採用され(但し申請人倉田俊満の採用年月日は、昭和四四年三月二八日)、名古屋南郵便局において、その主張のとおりの業務に従事していたこと、昭和四七年四月五日名古屋南郵便局長は申請人伊藤国男を除くその余の申請人らに対し、同月六日申請人伊藤国男に対し、それぞれ本件配転命令を発したことが一応認められる。

三、ところで申請人らの申請理由は、要するに、被申請人の申請人らに対する本件配転命令は、申請人らとの労働契約の内容を権限なくして一方的に変更するものであり、かりに被申請人に右命令の権限ありとしても、配転権の濫用であり、しからずとするも、右命令は申請人らに対する不当労働行為であつて無効であるから、申請人らは、労働契約上従事すべき業務内容が従前のそれであることの確認の訴を本案として、仮の地位を定める仮処分を求めるものであるので、まず本件配転命令は、民訴法上の仮処分の対象となりうるかどうかにつき判断する。

(一)  申請人らの従事する郵便事業等の業務内容は、郵便等の経済的役務を提供すること等を目的とする企業活動であつて、国家の経済と国民の福祉に対する重要性から国が経営しているにすぎず、本来の意味の国家行政事務、すなわち公権力の行使を伴う一般行政作用とは著しく異なり非権力的・経済的作用である。

従つて郵便等の事業に勤務する職務内容は、この点において公共企業体の職員との間に何ら差異はない。

(二)  次に実定法の規定をみるに、公共企業体等労働関係法(以下「公労法」という)二条一項二号所定の企業に勤務する職員は、いずれも一般職に属する国家公務員の身分を有するが(公労法二条二項二号)、これら現業国家公務員の労働関係については、公共企業体職員と同じく公労法が適用され、職員の労働条件に関する苦情または紛争の友好的かつ平和的調整を図るように団体交渉の慣行と手続とを確立することによつて、企業の正常な運営を最大限に確保すると共に、公共の福祉を増進、擁護しようとし(同法一条)、職員の労働関係については公労法のほか労働組合法、労働基準法、労働関係調整法、最低賃金法が適用され(公労法三条、四〇条)、労働条件に関しては団体交渉権および労働協約締結権を認める(同法八条)ほか、労使の共同構成機関による苦情処理(同法一二条)、公共企業体等労働委員会による不当労働行為の救済(同法二五条の五)、紛争のあつせん、調停および仲裁の制度を設け(同法二六条ないし三五条)、これに対応して国家公務員法中右の趣旨に牴触するものの一部適用除外を定めている(同法四〇条)、また国の経営する企業に勤務する職員の給与等に関する特例法七条は、国家公務員法(以下「国公法」という)のうち職階制、給与、勤務条件等に関する規定の適用除外を定めている。

してみれば、現業国家公務員の業務の性質、内容および労働関係についての実定法の規定よりみれば、国と現業国家公務員の労働関係は、基本的には公共企業体の職員のそれと異なるところがなく、いずれも対等当事者間の契約関係とみるのが相当である。

(三)  もつとも、現業国家公務員は前記のとおり一般職に属する国家公務員であつて、「全体の奉仕者」として勤務することを要請されているところから(憲法一五条二項)、身分の得喪、懲戒および保障、服務等に関する国公法の規定および人事院規則は一部を除き適用され(公労法四〇条、郵政省設置法二〇条)、その限りにおいて公法的規制が加えられ、その結果国の現業国家公務員に対するこれらの行為が非現業国家公務員に対する場合と同じく行政庁の処分として考えるべき場合が生じる。

(四) そこで本件配転命令が右の如き行政庁の処分に該当するか否かについて検討する。

国公法三三条はすべての職員の任用は同法および人事院規則の定めるところによりその者の受験成績、勤務成績、またはその他の能力の実証に基づいて行なう旨規定して成績主義の原則と宣言し、これを受けた人事院規則八―一二(職員の任免)は任用手続について詳細に規定するが、同法にいう「任用」とは、特定の官聴に特定の職員をつけることを意味し、その任用の方法としては、採用、昇任、降任、転任、または配置換(本件配転命令もこれに含まれるものと解される)のいずれかの方法によることが規定されている(同規則六条)。

従つて、採用は、職員の身分を有しない者を新たに官職につけることであるに対し、昇任、降任、転任、配置換は、いずれもすでに職員の身分を有し、官職についている者について上位、同一、あるいは下位の官職に任命する点において異なるとはいえ、いずれも特定の官職に任命する行為である点において性質を同じくする。もつとも国公法三六条、三七条は採用および昇任の方法について、同法七五条、七八条は降任の方法、要件についてそれぞれ規定しているのに対し、転任および配置換については国公法、人事院規則に格別規準を定めた規定はないが、配置換とはすでに職員の身分を有し官職についている者に対し、職務と責任を同じくする他の官職へ任命することであるから、任命権者の公正な裁量に依存させても成績主義の原則にもとることはないとの見地から、任命権の裁量に任されたものと解される。

なお国公法五五条は、任命権者について規定し、とくに同条三項は、任命要件を欠く者を任命してはならない旨規定し、人事院規則八―一二の七五条一号は採用、昇任、転任、配置換等に際しては、人事異動通知書を、同規則七六条一号は、降任の場合は通知書を交付することとし、同規則八〇条は、右通知書の様式、記載事項について規定している。

以上の諸規定からみれば、国公法および人事院規則八―一二(職員の任免)は、現業国家公務員の任用については非現業国家公務員の場合と同じく、これを行政庁の処分であることを前提として規定しているものと解するのが相当であり、右任用処分は国公法九〇条、八九条にいう処分に含まれ、これに対する救済方法としては、同法九〇条、九二条の二に基づき人事院に対し審査請求を経た後抗告訴訟を提起しうることが認められている。

従つて、配置換が任用処分の方法の一つである以上、配置換に不服の場合には、これを不利益処分として抗告訴訟を提起することができると解すべきである。

もつとも配置換は、国公法八九条に掲記される降給、降任、休職、免職のいずれにも該当しないことはもとより、一般的には常に「その他いちじるしく不利益な処分」に該当するか疑問がないではないが、配置換が法律、規則に基づいて任命権者が一方的に行なうものであることは同条所定の降給、降任、休職、免職等の処分と本質的に異なるものではなく、職員に対してなされた不利益な処分についてできる限り迅速かつ簡易な方法で、しかもできる限り広く救済の途を認ようめとする制度の趣旨よりすれば、「いちじるしく不利益な処分」の範囲も広義に解釈するのが相当であり、配置換も不利益処分に該当するものとして前記救済を求めうるものと解すべきである。また、公労法八条二号は、昇職、降職、転職等も広義の労働条件に関するものとして、これらの基準に関する事項が団体交渉の対象とされており、従つて本件のような配置換の基準も右団体交渉事項に含まれると解される。しかしながら右事実のみからして、個別的、具体的配置換も、団体交渉事項に含まれると解することは相当ではなく、同条四号にいう労働条件に関する事項の中に個別的具体的配置換が含まれると解することも困難である。

以上の次第であるから、本件配転命令は、いわゆる行政庁の処分としてこれに対する不服申立は抗告訴訟の形式によるべきことになるから、民訴法の規定による仮処分は許されないというべきである。

(五) もつとも、不利益処分が不当労働行為に該当するときは当然その効力を生じないことを理由に、あるいは公労法四〇条三項が不当労働行為に該当する処分については行政不服審査法による審査請求をなしえない旨を定めていることを理由に、法は不当労働行為に該当する行政処分を対象とする抗告訴訟を予定しておらず、この場合、その労働関係の基本的本質にかえり民訴法上の規定による仮処分が許されるとの見解も存する。

しかし行政処分が当然に無効となるためには、当該処分に重大かつ明白なかしの存することを要するのであり、不当労働行為に該当する不利益処分は事案のいかんを問わず常に重大かつ明白なかしある処分として当然に無効となるとは解されないから(不利益処分が不当労働行為に該当するか否かは、結局団結権侵害の意図の存否により決せられることであり、しかも右のような意図の存否の判断は、処分事由の存否ないしその態様の判断と密接な関連を有することを考えると、不当労働行為に該当する不利益処分が常に重大かつ明白なかしある処分として当然に無効となるとは考えられない。)不当労働行為に該当するということは、重大かつ明白なかしなき限り処分事由不存在あるいは裁量権の逸脱等と同じく該不利益処分の取消事由の一つであるにすぎず、これを抗告訴訟において取消事由として主張することはもとより許容さるべきである。

また公労法四〇条三項の趣旨は、労働組合法七条各号に該当する処分については、公労法三条により、公共企業体等労働委員会(以下「公労委」という)に対して救済を求めることが認められているので、手続の重複、判断の牴触をさけると共に、不当労働行為に関する行政的判断は、公労委のみに委せることにあると解することができるから、かかる処分については国公法九二条の二の適用はなく、直接に抗告訴訟を提起しうると解するのが相当である。

従つて、不当労働行為を理由に本件配転命令の効力を争う場合も、抗告訴訟によるべきことになる。

四、以上説示のとおり、配転命令はいわゆる行政庁の処分としてこれに対する不服申立は抗告訴訟の形式によるべく、民訴法の規定による仮処分は許されないものである(行政事件訴訟法四四条)から、本件配転命令につき、重大かつ明白なかしの存することの主張も疎明もない本件においては、申請人らの本件仮処分申請はその余の点につき判断するまでもなくその主張自体不適法というべきであるから却下を免れない。

よつて民訴法八九条、九三条一項本文を適用して主文のとおり決定する。

(松本武 淵上勤 植村立郎)

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